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京都地方裁判所 平成4年(ワ)787号 判決

原告

生田嘉男

ほか二名

被告

野中明彦

ほか三名

主文

一  被告野中明彦、同中西佳美及び同中西常和は、連帯して、原告生田嘉男に対し金六六四万八三九〇円、原告金山美保及び原告生田直美に対し各金三三二万四一九五円並びにこれらに対する平成二年一一月九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告野中明彦、同中西佳美及び同中西常和に対するその余の請求並びに被告高木正徳に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告らと被告野中明彦及び同中西佳美との間に生じた分は、これを八分し、その一を右被告らの、その余を原告らの負担とし、原告らと被告中西常和との間に生じた分はこれを四分し、その一を被告中西常和の、その余を原告らの負担とし、原告らと被告高木正徳との間に生じた分は原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告野中明彦及び同中西佳美は、連帯して、原告生田嘉男に対し金五一一三万五六七五円、原告金山美保及び原告生田直美に対し各金一七二五万二四五三円並びにこれらに対する平成二年一一月九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告中西常和及び同高木正徳は、連帯して、原告生田嘉男に対し金二四七三万〇八一五円、原告金山美保及び原告生田直美に対し各金一二七五万二四五三円並びにこれらに対する平成二年一一月九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、道路を横断中に普通乗用自動車に衝突されて死亡した者の相続人が、自動車の運転者に対し民法七〇九条に基づき、自動車の保有者等に対し自賠法三条に基づき、損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 平成二年一一月九日午前四時二〇分ころ

(二) 場所 京都市左京区聖護院川原町二五番地先路上(春日北通、以下「本件道路」という。)

(三) 加害車両 被告野中明彦(以下「被告野中」という。)が運転していた普通乗用自動車(京都五二ひ七一七二、以下「被告車」という。)

(四) 事故態様 本件道路を北から南へ横断していた亡生田徳子(以下「徳子」という。)に、本件道路を東から西へ進行してきた被告車前部が衝突して徳子をはね飛ばした。

2  徳子の死亡と相続

徳子は、本件事故により、即死した。

原告生田嘉男は徳子の夫、原告金山美保及び原告生田直美は徳子の子であり、他に徳子の相続人はいない。

二  争点

1  被告野中の過失の有無

原告らは、被告野中には、〈1〉酒気帯び運転、〈2〉制限速度違反、〈3〉前方不注視、〈4〉事故回避義務違反の過失があると主張している。

これに対し、被告野中は、本件事故は被害者である徳子が被告車の進路上に突然飛び出したために生じたものであり、被告野中に過失はないと主張している。

2  被告中西佳美、同中西常和及び同高木正徳の運行供用者責任の有無

原告らは、被告中西佳美(以下「被告佳美」という。)及び同中西常和(以下「被告常和」という。)は、被告車の所有者であり、同高木正徳(以下「被告高木」という。)は被告常和から被告車を無償で借り受け、自己のために補助参加人と自動車保険契約を締結した者であり、同被告が被告野中に被告車を一時貸与中に本件事故が発生したものであつて、被告佳美、同常和及び同高木はいずれも被告車の運行供用者であるから、自賠法三条により、原告らの損害を賠償する責任があると主張している。

これに対する、被告らの主張等は次のとおりである。

(一) 被告佳美は、被告車は被告佳美所有名義であるが、本件事故は自分の知らない間に被告野中が運転して起こしたものであるから、被告佳美に責任はないと主張している。

(二) 被告常和は、適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面を提出しない。

(三) 被告高木は、被告車について補助参加人と自動車保険契約を締結した事実は認めるが、被告常和から被告車を無償で借り受けた事実及び被告野中に被告車を一時貸与した事実を否認している。

3  損害額

4  過失相殺

第三争点に対する判断

一  被告野中の過失の有無

1  証拠(甲二三~三二、乙一)によると、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場の状況は、別紙図面のとおりである。

本件道路は、幅員が約九・八メートルのアスフアルトで舗装された平坦な道路で、東行西行各一車線で、南北共に歩道が、また道路北側には幅約一・九メートルの時間制限駐車区間が設置されており、また最高速度は時速四〇キロメートルに制限されていた。本件事故現場は、東大路通りとの交差点の西側横断歩道の西詰から西方約八〇メートルの地点で、本件事故当時は深夜であつたが、道路北側には約四五メートル間隔で街路灯があり、南側はところどころに看板等の明かりがあつて、比較的明るかつた。

(二) 被告野中は、本件事故前日である平成二年一一月八日午後九時ころから事故当日である同月九日午前三時三〇分ころまで友人と居酒屋、スナツク等で飲食した後、被告車を運転して帰宅する途中で、本件事故現場にさしかかつた。

被告野中は、被告車を運転し、時速約四〇キロメートルで、前照灯を点灯して本件道路を東方から西方へ向かつて進行したが、深夜であり他に車両の通行がなかつたため安心して遠方を見て進行し、また、別紙図面〈1〉地点からは時速約七〇キロメートルまで加速して進行した。そして、被告野中は、別紙図面〈2〉地点で進路前方を右から左へ横断歩行中の徳子を前方約一〇・八メートルの同図面〈ア〉地点に認めたが、ブレーキをかけることなく別紙図面〈×〉地点で、被告車左前部を徳子に衝突させて同人を跳ね飛ばした。

被告野中は、別紙図面〈4〉地点で停止し、ルームミラーで後方を見たところ、人らしい物が倒れていたので、飲酒運転による事故がばれるのをおそれ、そのまま逃走した。

(三) 徳子は、バイクを運転して新聞配達の途中で本件事故現場にさしかかつた。徳子は、別紙図面中の〈×〉地点の左上バス駐車枠内の「1.90」と記載された地点付近にバイクを止め、本件道路を北から南へ小走りに横断中に、別紙図面〈×〉地点において、被告車に衝突された。

(四) 本件事故の翌々日である平成二年一一月一一日午後六時五〇分から午後七時二五分まで本件事故発生時とほぼ同程度の明るさを再現して実施された見通し状況の実況見分の結果(甲二五)によると、別紙図面〈A〉地点を右後角部として駐車車両を置き、これに妨害されない被害者の最大視認位置を〈P〉2地点とし、被害者の駆け足速度を時速八キロメートルと想定し、〈P〉2地点と衝突地点〈×〉の距離から、被告車の速度時速七〇キロメートルに相対する被害者〈P〉2地点の発見推定地点を算出して〈P〉1地点を特定した上、〈P〉1地点から前照灯を下向きにして被告野中に前方を確認させたところ、〈P〉2地点に佇立している警察官を認めることができた。

右〈P〉1地点から別紙図面〈3〉地点までの距離は、約四八メートルである。

2  以上の事実に基づいて、被告野中の過失の有無について検討するに、徳子が本件道路北側の駐車車両の影から小走りに横断してきたものであつたとしても、被告野中において前方の道路横断者の有無を注視して進行していたならば、衝突地点の手前約四八メートルの地点で徳子を発見することは可能であり、直ちに急ブレーキをかける等の事故回避措置を講じていたならば、徳子との衝突を回避することができたし、かつ、制限速度を遵守していたならば、極めて容易に事故を回避できたものである。しかるに、被告野中は、飲酒で注意が鈍つた状態で被告車を運転し、また、深夜で交通閑散であることに気を許し、制限速度を大幅に上回る時速約七〇キロメートルで漫然と遠方を見ながら進行したため、道路前方を右から左に横断歩行する徳子を発見するのが遅れ、本件事故に至つた過失があるといわなければならない。

被告野中らは、本件事故は被害者である徳子が被告車の進路上に突然飛び出したために生じたものであり、被告野中に過失はないと主張しているけれども、徳子が本件道路の横断を開始したのは、被告車が同人の約五二・五メートル東方の地点にある時点であり、衝突までの時間は約二・五秒であつて、しかも前示のとおり被告野中において制限速度を遵守していたならば容易に事故を回避することができたものであるから、いわゆる歩行者の飛び出しによる事故の類型には入らないというべきであり、本件事故の主たる原因は、前示のとおりの被告野中の過失にあると認めるのが相当である。

3  したがつて、被告野中には、飲酒の上被告車を運転し、制限速度不遵守及び前方不注視の過失があり、原告らの損害を賠償する責任があると認められる。

二  被告佳美、同常和及び同高木の運行供用者責任の有無

1  証拠(甲三、四、二九、一一九、一二〇、丙一、二、証人中西常和(ただし後記措信できない部分は除く。))及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

(一) 平成元年一〇月ころ、被告常和は、中古車であつた被告車を約二〇万円で購入した。被告常和は、その当時入籍はしていなかつたものの事実上夫婦関係にあつた被告佳美(当時は旧姓野村佳美)の所有名義で被告車の登録を行い、被告車の自賠責保険も被告佳美名義で締結した。被告常和と被告佳美とは、その後入籍して法律上も夫婦となつた。

(二) 平成二年九月ころ、被告常和は、友人から別の乗用車を購入して被告車を使用しなくなつたため、同年一〇月初めころ、かねて交際のあつた被告高木の両親からの依頼で、同月一日に普通自動車運転免許を取得したばかりの被告高木の運転練習のためにということで、被告高木に被告車を貸与した。

同月九日、被告高木は、補助参加人との間で被告車につき自家用自動車保険契約を締結した。

被告高木は、被告車を二、三週間使用した後、これを被告常和に返却した。

(三) 被告野中は、平成二年五月ころから被告常和の経営するスナツクに客として出入りし、同被告と親しく交際するようになつた。そして、同年一〇月中旬ころ、被告常和は、被告高木から返却を受けていた被告車を被告野中に足代わりに貸与した。被告野中は、同年一一月九日、被告常和から借りてした被告車を運転中に本件事故を起こした。

2  以上の事実に基づいて、被告佳美らの運行供用者責任について検討する。

(一) まず、被告常和は本件口頭弁論期日に出頭しないし答弁書その他の準備書面を提出しないので、同被告において請求原因事実を明らかに争わないものとしてこれを自白したものとみなし(なお、同被告は同人に対する訴え提起前の平成四年(ワ)第七八七号事件における証人尋問において、同人が被告車の所有者であり、知人である被告野中に貸与中に本件事故が発生したことを認めている。)、同被告には自賠法三条の運行供用者責任があると認められる。

(二) 被告佳美は、被告車の所有名義人であるとともに自賠責保険契約の契約当事者である上、被告車の購入資金を搬出した被告常和とは入籍はしていなかつたものの事実上夫婦関係にあり、その後入籍し現在は法律上も夫婦であることを考え併せると、被告車の共同所有者であつたと認められる。そして、被告車の共同所有者であり、かつ、事実上の夫婦関係にあつた被告常和から、同人の知人である被告野中に被告車を貸与中に本件事故が発生したものであつて、被告佳美においても運行管理の可能性があつたというべきであり、同被告にも自賠法三条の運行供用者責任があると認められる。

(三) 次に、被告高木について検討するに、同被告は、平成二年一〇月初旬ころに、両親の知人である被告常和から被告車を借り受け、被告高木名義で任意保険に加入した上、自己の運行の用に供していたものであるが、同月中旬ころには被告車を被告常和に返却しており、その後被告常和が被告野中に改めて被告車を貸与していた際に本件事故が発生したものであつて、本件事故当時、被告高木はもはや被告車の運行供用者ではなくなつていたというべきである。

被告常和は、当裁判所における証人尋問において、自分が被告高木に被告車を貸与中に被告高木が被告野中に被告車を転貸し、被告野中が本件事故を起こしたものであると証言しているけれども、被告高木は、自分は被告野中を知らない、被告車は二、三週間で被告常和に返した旨記載した「覚え書」と題する書面(丙一)を提出していること、被告野中は司法警察員に対し被告車を被告常和から借りた旨供述していること(甲二九)、被告常和自身も警察における取調べの際には自分が平成二年一〇月中旬ころ被告野中に被告車を貸与した旨供述し、その際被告高木に被告車を貸与したことは一切述べていないこと(甲一一九)、被告常和は、原告らから同被告及び被告高木に対する訴えが提起された後に被告高木の運行供用者性等を審理するべく二度にわたり指定された同被告本人尋問期日にいずれも出頭せず、先の同人の証言は反対尋問にさらされていないに等しいことなどの事情を総合して判断すると、被告常和の先の証言は信用することはできない。

したがつて、本件事故当時、被告高木が被告車につき自賠法三条にいう運行供用者であつたと認めるに足りる証拠はない。

3  以上のとおりであつて、被告佳美及び被告常和にはいずれも自賠法三条の運行供用者責任が認められ、原告らの損害を賠償する責任があるが、被告高木には運行供用者責任は認められない。

三  損害額

1  葬儀費用(請求額二八四万四九八五円) 一〇〇万円

徳子の死亡時の年齢、職業、社会的地位等に鑑みると、葬儀関係費用としては右金額が相当である。

2  新聞配達員雇用費用(請求額一三一〇万〇七六〇円又は三六九万五九〇〇円)及び自宅における家政婦費用(請求額一四一一万五六九六円) 〇円

原告らは、徳子が新聞配達員として稼働していたところ、同人の死亡により代替の配達員を雇用しなければならなかつたとして一か月当たり一五万門の損害の賠償を請求し、また、夫である原告嘉男が糖尿病であり特別の食事療法等介護が必要であり、徳子の死亡により家政婦を雇わなければならないとして一か月当たり七万円の損害の賠償を請求しているけれども、いずれもいわゆる間接損害に属するものであつて、本件事故とは相当因果関係がないから、原告らの請求は理由がない。

3  逸失利益(請求額二四〇〇万九八一五円) 二一四〇万九三一九円

証拠(原告生田嘉男本人)によると、徳子は、本件事故当時、満四九歳の健康な女子であり、夫とともに新聞販売店を経営し、自ら新聞配達等の仕事を行つていた上、糖尿病である夫の世話を含む家事全般に従事していたことが認められる。したがつて、徳子は、本件事故当時平成二年賃金センサス第一巻第一表・企業規模計・産業計・女子労働者四五~四九歳の平均年収程度の収入は得ていたものと認めるのが相当であり、本件事故がなければ、向後一八年間にわたり、右収入を得ることが可能であつたと考えられるので、右平均年収である三〇五万二五〇〇円を基礎とし、その間の生活費控除は四割とし、ライプニツツ方式により年五分の中間利息を控除して、逸失利益を算定すると、右金額となる(円未満切捨て)。

3,052,500×(1-0.4)×11.6895=21,409,319

4  慰謝料(請求額五一〇〇万円又は二九〇〇万円) 二二〇〇万円

前記3で認定したとおりの徳子の年齢及び地位等の各事実、本件事故の態様特に飲酒運転でしかも轢き逃げ事故であることその他本件にあらわれた諸般の事情を総合して判断すると、徳子の死亡により徳子本人及び原告らが受けた精神的損害に対する慰謝料としては、二二〇〇万円が相当である。

5  以上を合計すると、四四四〇万九三一九円となる。

四  過失相殺

本件事故の態様は、前示一1のとおりである。

前示のとおり、本件事故は主として被告野中の過失により発生したものであるが、前示の事実に照らすと、徳子にも、夜間横断歩道以外の場所で道路を横断するのであるから、車両の直前を横断してはならない注意義務があるのに、これを怠り、被告車の動静を注視しないまま本件道路を横断したため、本件事故に至つた過失が認められる。

双方の過失を比較すると、被告野中に八割、徳子に二割の過失があると認めるのが相当である。

したがつて、原告らの損害額から二割を減額すると、三五五二万七四五五円となる(円未満切捨て)。

五  損害の填補

原告らが、被告佳美加入の自賠責保険から、本件事故の損害賠償として、すでに二三四三万〇六七五円を受領していることは、当事者間に争いがないから、これを控除すると、一二〇九万六七八〇円となる。

六  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、一二〇万円と認めるのが相当である。

七  結論

以上を合計すると、一三二九万六七八〇円となる。これを原告らの法定相続分に応じて按分すると、原告生田嘉男が六六四万八三九〇円、原告金山美保及び原告生田直美が各三三二万四一九五円となる。

よつて、原告らの請求は、被告野中、被告佳美及び被告常和に対し右の金額及びこれに対する本件事故日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、右被告らに対するその余の請求及び被告高木に対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡健太郎)

現場見取図

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